大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和47年(あ)1166号 決定

本店所在地

東京都中央区銀座七丁目七番六号

有限会社アスターハウス

右代表者代表取締役

加藤幸三郎

本籍

名古屋市中区栄三丁目七〇番地

住居

同中区栄四丁目一番二〇号

会社役員

加藤幸三郎

明治三〇年六月三〇日生

本籍

名古屋市千種区棚田町二五番地

住居

東京都中央区銀座七丁目七番六号

会社役員

植手富美子

大正一三年九月六日生

右会社及び加藤幸三郎に対する法人税法違反、植手富美子に対する法人税法違反、贈賄各被告事件について、昭和四七年三月一三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人小松不二雄の上告趣意は、判例違反をいう点をも含め、実質は、すべて事実誤認、法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

○昭和四七年(あ)第一一六六号

被告人 有限会社 アスターハウス

代表者代表取締役 加藤幸三郎

外二名

弁護人小松不二雄の上告趣意(昭和四七年九月二七日提出)

原判決は、新刑訴施行後の控訴裁判所たる福岡高等裁判所の判例(昭和三二年一〇月九日福岡高裁昭和三一年(ネ)第五四五号行裁判例集八巻一〇号一八一七頁)と相反する判断をした。

第一、右福岡高裁の判例は「営業者の総売上高に所得標準率を適用してその所得額を推計することは、その推計方式が合理的である限り適法である」旨判断しているが、右判断の趣旨は「法人税法の規定による推計計算を行う場合には、先づその推計方式そのものが合理的でなければならない」旨を判示したものである。換言すれば推計計算によることが適法であるかどうかは、推計方式そのものが合理的であるかどうかを先づ判断し、次いで同種営業者の所得標準率を適用するとか所得標準率と比較衡量して推計計算の結果について検討しなければ推計方式の合理性を肯認し難い旨を判示したものである。

然るに原判決は、右福岡高裁の判断に反し

(1) 同判決書八頁九行目以下に於て「右主張のうち、まず、昭和三十一年度関係については……同年度の売上高を推計するに当り……同一事業年度内に二個の推計方式を用いてはいるが、ビール基準といい、公給領収証基準というも、いずれもできるだけ正確に売上高を算定する方法として採られた推計方式であつて……やむを得ないところである」とし

(2) 同九頁五行目以下に於て「原判決が右年度の十二月分についてのみ従前のビール基準を改めて公給領収証基準を採つたことは、同一事業内の推計方式の変更ではあるが、推計方式の変更による影響を考慮してもなおかつ、この十二月分についてもビール基準による推計を続けるよりも、公給領収証基準による推計を行う方が真実に近く、正確度において優ると判断したからである」とし

(3) 同十頁裏五行目以下の昭和三二年度関係について「ただ公表分の公給領収証も、その売上のすべてについて、もれなく発行されてその控がすべて押収されたとは見られず、押収されたものについても、記載の不備により売上の算定に適しないものがあるため、公表分公給領収証控による売上の総額が会社の公表売上高とは合致しないのであつて、一審判決がこの点につき……公表分公給領収証合計金額欄の集計額と公表の売上高とは完全に一致することになると記載したことは正確ではなく、公表分公給領収証がすべて確実に発行され、その控がすべて押収されておれば、なる字句を附加して補正すべきものである。しかし前記推計方法は前叙に徴し、不合理なものとは解されず」と判示した。

第二、原判断の違法について

(一) 右のとおり原判決は推計方法を是認するに当り、推計方式の合理性についての検討を行わないばかりか、推計方式を是認するに当りそれが合理的であるかどうかによらないで他の理由によつている。即ち

(1)については「できるだけ正確に売上高を算定する方法として採られたものでやむを得ない」とし、推計方式そのものの合理性の有無によつていない。

原判決のいう「できるだけ」正確に売上高を算定するためには、その前提として推計方式そのものが合理的でなければならないのである。推計方式が合理的であるかどうか判明しないのに、その推計方式によつてできるだけ正確に売上高を算定しようと試みてもそれは前提を失つているから正確を期することはできない。又できるだけ正確とは何を標準として判定するのか不明であつて、本件に於ては計算の結果多額を算定しうる方を採つていることからすれば、正確とは多額を指すものではないかということができる。

(2)については、推計方式の変更を是認した点につきビール基準による推計を続けるよりも、十二月分のみにつき公給領収証基準による推計を行う方が「真実に近く、正確度において優る」と判断しており、各推計方式の合理性並に年度の中途での方式変更に合理性があるかどうかの判断によつていない。

原判決のいう真実とは何か。予め真実の売上が判明しておれば推計計算による必要はないのであつて、真実の売上高が不明であるから推計方式によらうというのに、予め想定した真実の売上高なるもの(それは真実ではない)と比較して、その真実という数字に近いものであるからとして推計方式を是認しようとするものである点に違法がある。これは推計方式の結果のみを重用して方式そのものの合理性の有無を無視するものである。又その結果常に被告人に不利な多額の方の金額に拠つている点に於て著しく正義に反するものである。又、中途変更は許容すべきものではないのであつて、中途変更により推計計算は合理性を失うのに、それを許容するについて合理性の有無を根拠としていない。

(3)については原判決の意味不明である。原判決十頁四行目以下を要約すると

(A) アスターハウス店の三月分以降について、所論のように脱漏分売上のみを公給領収証基準によつて推計し、これを会社公表売上高と合算したが、この分については公表分公給領収証は売上伝票と合つているという。(実際は合つていないし、検察官も合致しないことを認めている。もともと売上伝票の集計が行われていないから合致しているかどうか不明である)。

(B) 公表分公給領収証も、その売上のすべてについて、もれなく発行されてその控がすべて押収されたとは見られず、押収されたものについても、記載不備により売上の算定に適しないものがあるため、公表分公給領収証控による売上の総額が会社の公表売上高とは合致しないという。しかし、前示(A)に於ては公表分公給領収証は売上伝票と合致しているとしながら、(B)に於ては公表分公給領収証控による売上高と会社の公表売上高とは合致しないという。会社の公表売上高は売上伝票によつて算出されているはずであるのに、一方が合い、他方が合わないという矛盾の認定となつている。

(C) 公表分公給領収証がすべて確実に発行され、その控がすべて押収されておれば、なる字句を補正すれば一審が公表分公給領収証控による売上の総額が会社の公表売上高とは完全に一致することになると判定したことは正当であるという。しかし、この判示は幾多の矛盾を包蔵している。

其の一は、仮定を持ち来つてそれ故に両者が一致するはずだということは矛盾であるばかりでなく、公給領収証基準なる推計方式を採用した所以は、公給領収証の発行が慨ね確実に実施されているから公給領収証を基準として売上高を推計しようというのに、ここでは確実に実行されていないかの如くにいうことは矛盾である。

其の二は、仮に公表分公給領収証がすべて確実に発行されず、その控のすべてが押収されなかつたとするならば、前示(A)に於て三月分以降の会社公表売上高が公表分売上伝票と合致しているというのは矛盾である。

其の三は、そもそも会社公表売上高とか、公表分公給領収証とは何かという理解に欠けている。公表売上高とは、会社の売上伝票に基き会社の総勘定元帳に記載され、税務署に対して総売上高として申告された金額である。(実際の売上高が、それよりも少いか多いかとは関係のない形式的数字である)この公表売上高と合致するものを公表分公給領収証と仮称しているに過ぎない。最初から公表分公給領収証なるものが存在するのではない。公表分公給領収証であるかどうかを判別するためには、売上伝票と対照するのが最も確実であつて、本件に於ては両者が合致していると認定しているが、その実は合致していないので、一方では会社公表売上高(会社計上額)と公給領収証とが合致しないという矛盾の認定となるのである。しかも会社公表売上高(税務署に申告しこれに基いて納税した金額)の方が国税局認定の公表分公給領収証による金額よりも多いのである。この事実を黙過して他の公給領収証を全部脱漏分とする点に過りがある。この矛盾を是正するためには、公給領収証を強いて公表分脱漏分に区分することなく、全部に対して飲食料率を適用して推計することが最も合理的であることは弁護人の主張するところであり、これによると昭和三十二年度については売上脱漏額を算出することはできないので、この年度については無罪である。

この点につき原判決十五頁以下は「しかし、本件に於て公給領収証が確実に発行され、かつ、その控がすべて押収されているのであれば、所論の推計方法も首肯されるのであるが、本件において公給領収証が確実に発行されておらず、弁護人の所論は前提を欠くとして排斥した。しかし既述の如く公給領収証基準を採用した前提は、公給領収証の発行が慨ね確実に実行されているというのであつて、この前提を否定することは公給領収証基準そのものの否定を意味するものであるから到底承服し難いのである。しかも押収されなかつたものもあるかの如くにいうが、原判決によれば、公表分公給領収証控は売上伝票と合致しているというのであるから押収されなかつたものはないはずである。又本件に於ては全部押収されているのであるが、仮に押収されなかつたものであるとすれば、それは如何なる公給領収証であるかを検察官は立証すべきであるのに、その証をしない不利益を専ら被告人に帰せしめる原判決は違法であるという外はない。

其の四は、原判決十六頁十三行目以下に於て、所謂推定分公給領収証換言すれば現物の存在しない公給領収証による売上は現物が存在しないことを理由としてこれを否定しているのに、前示(B)に於ては発行されなかつたもの若しくは押収されなかつたものも存在するという前提の下に公表売上高を認定するという誤りを犯している。

以上のような矛盾を犯しながら、推計方式そのものの合理性を検討しないで、推計の結果である金額が真実に近いということ、換言すれば多額の算出をなしうる方法を採つた点に於て違法であり、結局前示高裁の判断に反して、推計方式に合理性があるかどうかを検討しないし、合理性の有無に抱らず推計方式を是認したものである。

第三、推計方式の合理性の意義と本件推計方式の不合理性について

一、推計方式が合理的であるかどうかは、推計方式そのものに合理性があることが先づ必要であり、且つその推計の結果算出された金額(本件に於ては売上高と売上金に対する利益率)が同業の他店と比較して著しく均衡を失するものでないことを必要とするものと思料する。

推計計算による場合は、厳格な証拠が存在しないために己むを得ずに行う例外的措置であるから金額認定上の危険は大きいものと言わなければならない。推計方式は単なる形式的金額を算出し得ればよいものではなく、実質的金額としての価値あるものでなければならないし、そうでなければ合理性があるものということはできない。

形式的に算出された売上高とそれに対する利益率を鵜呑みにして、同業他店の利益率との比照を怠ることは推計計算の合理性を失うものということができる。本件に於てはこれを怠つている点(売上高に対して四割以上の利益を認めている点)に於て合理性を失つており違法なものである。

二、なお本件推計方法の非合理的であることは

(一) 昭和三十一年度について

(1) 店外接待用ビール使用本数(売上高として認められないもの)は何等根拠のない数字であつて国税局局の恣意によつていること。

(2) 盗難、破損、個人飲用分のビール本数が存在するという客観的状況を無視してこれをも売上ビール本数中に算定していること。

(3) 肯認さるべき理由もないのに、十二月分のみを公給領収証基準によつていること。

(二) 昭和三十二年度について

(1) 検察官主張の押収された公給領収証全部に対して検察官主張の飲食料率を適用して売上高を算定するときには売上脱漏額は算出し得ないこと。

原判決は弁護人独自の見解であるかの如くに説示しているが、何等独自のものではなく検察官主張の証拠物と飲食料率を援用したもので正当な計算方法である。検察官は右の被告人に有利な結果を避けるために、理由もないのに公給領収証を公表分と立替分とに区分したり、公給領収証基準の適用を区々にし或る場合には変形的に適用し、或る場合には全く適用しないで、(公給領収証基準の定義に反して区々に適用して)殊更に被告人に不利な金額を算出しているに過ぎない。

(2) 右の結果存在しない公給領収証を存在するかの如き仮定の許に売上高を算定する結果を招来している。例えば公表分売上高に沿う公給領収証が存在しないので、公表分売上については会社計上額によつて一部売上高を認定し、立替分(脱漏分と称するもの)のみについて公給領収証基準によつており、夜間飛行店分については、公表分も立替分も公給領収証を全く確認しないままで会社計上額を以て売上高と認定している。

そして原判決は、一方に於て所謂推定分公給領収証による売上については公給領収証の現物が存在しないことを理由としてこれによる売上高算定を不当として排斥(原判決書十六頁裏十三行目以下)している。現物の存在しない推定分を排斥するならば、存在しない公給領収証による売上高の認定は、直接間接共に排斥するのが正しい公給領収証基準の適用である。従つて存在する公給領収証を公表分立替分に強いて区別することなく、全公給領収証に対して飲食料率を乗ずる方法が最も合理的でありこれを主張する弁護人の見解は何等独自のものではなく前提を欠くものでもない。 以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例